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食いしん坊な私のグルメレポート、2007年6月17日から飼いはじめたにゃんこの成長記録など。


by nachako

入院の記録

退院して1ヶ月以上が経ちました。
普通に動けるようになってきたなあ・・・とやっと思えるようになりました。

Haruが日に日に大きくなります。
先日の1ヶ月健診では体重4000g。
だいぶん哺乳力もついてきて、順調に育っているようです。

これまではお腹がすいたら泣いて起きて、お乳を飲んで眠って・・・。
という生活だったのが、最近はお乳を飲んでも目がパチクリ。
眠らずに泣いてぐずったりするようになりました。

地域保健師さんいわく、これから2~3ヶ月は泣きのピークとのこと。

何をしても泣きやまないという時期がきているようです。

眠たいのに眠れない~と泣くとき・・・私も胸がチクンと痛みます。
泣かずに抱っこされているとき、百面相をします。
それを見ては微笑み・・・

「かわいいね~」

と何度も口にしちゃいます(笑)


こうして毎日すくすく育つお姫さま。

その子が産まれるまでにいろんなことがありました。
記録としてここに残したいと思います。



妊娠しているときに体験したことを書いております。
気分を害することなどありましたらごめんなさい。

続きはMoreです。


















5月連休中。
夜中にお腹の調子がおかしくて目が覚めました。

当時の私は「お腹が張る」ということがどのようなことなのか
よくわかっていませんでした。
きっとこのとき、お腹が張っていたのだと思います。

苦しくなって、AKiに相談。
病院に連絡しようかと言われたけれど、少し安静にして様子をみる、といって
その晩眠りにつくまでそばにいてもらいました。


その次の日はお腹の違和感も感じなくなっていたので
そのまま過ごし。

休みが明けて、一応安心のために病院へ行くように言われて
かかりつけの産婦人科へ向かいました。


きっと何事もないだろう、と思って気楽に受診したところ・・・
それから事態が急に動きます。

診察の前にモニターの検査。
それから内診。
切迫早産だというのです。

えー???

別に今は何事もない、はずだけど・・・変わりはない気がするけど・・・。

でもその時5分おきくらいにお腹が張っていたということだったのです。

すぐにその場で点滴をされ、服を着替えさせられ。
先生は紹介状を書きました。
救急車が呼ばれました。

切迫早産もあるけれども、もともと指摘のあった前置胎盤に
改善がみられなかったこともあり、大きな病院に転院することになりました。

「おうちには帰れないんですか?」
「うん、このまま入院になるね。安静にしないと・・・」

・・・マジですか?!

この日に限って掃除機途中で投げ出してきたよ。
洗濯物も干しっぱなし、朝ごはんに使った食器もシンクに放置。

それより何より、ココアはどうなるの??

いろんなことが頭を駆け巡るけど、このときの私に決定権はありません。

ストレッチャーに乗せられ、救急車で搬送。
その車内で母に連絡。
Akiは仕事で一番忙しい時間だったので、きっと動けないから。

一部始終を手短に話して、入院手続きに来てもらうことに。


病院についてからは診察、内診、検査。
一通り終わって病室へ。

仕事の休憩時間をつかってAki到着。
ちょうど先生からの説明を一緒に聞くことになりました。

今の段階で切迫早産、それから少量の出血があっているとのこと。
この出血がひどくならないといいけど・・・。
(1週間ほどで出血はおさまりました。)

前置胎盤。
こちらの病院ではこの病気の人は基本、入院して出産まで安静に過ごして
もらうようになっているらしい・・・。
それくらい怖い病気なんですよ、といわれました。

それまでの私はそのうち胎盤上がってくれるかな~って
お気楽なものだったし、強く安静を言われたわけではなかったので
無理をしない程度に動いていたし・・・。

まさかそういう状態とは。


それからは一日のほとんどをベッドの上で過ごす生活となりました。
歩けるのは部屋の外の洗面所とトイレまで。

診察に行くにもシャワーに行くにも、誰かの手を借りて車椅子で行きます。
外出なんてできません。
初めての入院がこんなことになるなんて。

1週間で足が弱るのがわかりました。


また、入院時の検査の結果、妊娠糖尿病として治療することになりました。

これまでのクリニックでは問題なかった血糖値が入院時高かったようで
「糖負荷検査」を行いました。

空腹時に採血、その後甘いジュースを飲んで1時間後、2時間後の採血で
血糖値の値をみます。

その値が引っかかってしまったのです。

妊婦健診のときに尿糖が出ていたので気にはなっていたのですが・・・。

このとき、既に張り止めの点滴をしていてそのお薬にブドウ糖が含まれているので
糖の値が高くなってしまっているかもしれないとのことだったのですが、
その他にも家族に糖尿病患者がいること。

そして赤ちゃんが大きめ、羊水が多め。

いろんなことを考えて、治療をしようということになりました。
赤ちゃんが大きめということは聞いていたけど、用水が多め??
このときはじめて知りました。

転院してきてたくさん知る事実。
急に不安になってきました。

糖尿病の治療と言えど、私の場合は6回食という食事療法で
血糖値がコントロールでき、インシュリンの必要はなかったので
まだいい方だったようです。


とはいえ・・・そのおかげでだいぶん、ストレスがたまりました。
好きなものが食べれないという、食いしん坊にはつらい治療。


出されるもの以外は食べれません。
パンも麺も大好きなのに食べることができません。

そして、お腹が空いていない時間におにぎりを食べないといけない・・・
これが結構辛いんです。

でも、そんな食事療法のおかげで増えすぎていた体重が1週間で
2キロも減り、それからはほとんど体重も増えませんでした。

動かない日々なのに・・・。


辛い、きつい、退屈な入院生活でしたがいいこともたくさんありました。
その中の一つが同室の人達とかけがえのないお友達になれたこと。

みんなとてもいい人たちでした。

私より若いのにしっかりしていて、明るくて。
何度も励ましてもらいました。

同じ時期に、同じ辛さそして喜びを持った人たち。
どれだけ心強かったか。
おかげで楽しい時間を過ごすこともできました。



予定日が近付くといろんな検査がありました。
診察をしてもらって、ある日主治医の先生から言われたこと。

「最悪、子宮をとってしまう場合があります」

この言葉にはさすがの私も絶望を覚えました。

それまで前置胎盤の人はお産の時に出血が多い可能性があるので
とは言われていたものの、そこまでのことになることがあるなんて。

出血が止まらなかった場合、命を優先して子宮をとる、ということに
なるのでしょうが、その時の私はもっと最悪のことまで考えました。

もしかしたら・・・この手で赤ちゃんを育てることができないかもしれない。

「死」というものをとても意識したときでした。

出産って命懸けっていうもの。
本当にその通りなんだ・・・。

とてもショックを受けていましたが、担当の女性の先生に
そのことを話すととても親身になってくれて。
その先生はそれからいつも私のことを気にしてくれました。

「一応、この病気の人には誰にでも伝えていることなので
あなただけに言っていることではないので・・・」とフォローしてくれて。

そうならないようにもちろん全力を尽くします、と。
私に一番いい方法で手術します、と。


できれば2人目も欲しいなあ・・・と漠然とそうした希望があったので
そのことは最初のうちに先生には伝えていたのですが
もしかしたらそれが難しいのかもしれないと
それ以上に何かあるかもしれないわけだし・・・。


そうして・・・。


私の手術の計画がまとまりました。

・正期産の37週で帝王切開で出産すること。
・麻酔は全身麻酔で行うこと。
・大出血に備えて輸血用の血液を貯血しておくこと。

全身麻酔・・・
赤ちゃんが産まれてすぐには会えないんだな。
寂しい気持ちもありましたが、今してもらえる最善のこと。

でも、それには心配なこともありました。
全身麻酔ということは時間によっては麻酔が赤ちゃんにまわってしまうことも
あるわけで。

麻酔自体は赤ちゃんにも使える安全なお薬で行うので心配はいらないのですが、
眠って産まれてきた場合は自発的に呼吸ができないので
呼吸器をつけてNICUへ行くことになると・・・。

これまで母体のことはいろいろ言われても、赤ちゃんのことは
何も言われていなかったので心配になりました。
なんとか元気に泣いて出てきて欲しい!


手術日は希望を出して、1週間前に確定するとのこと。
当初の予定は6月30日。
その日を待つだけ・・・という状況になっていたのですが。


手術予定日の10日くらい前、ある日の夜中。
突然、お腹の調子がおかしくて目が覚めて・・・
看護師さんに相談して、モニター検査をしてもらいました。

お腹が急に張り始めていました。

その日の朝になってもおさまらず、点滴の量を増やすことに。
それからも張りが続き、出血まで起こりました。


慌てふためく先生たち。
そして・・・いつ緊急の手術になってもいいように心の準備を
しておいてください。と言われて。

最初に予定していた日よりももっと早く、37週0日で手術をしようということに
なりました。


それからは毎日ドキドキの日々。
お腹の張りがひどくならないように、いっそうの安静を心がけました。
座って本を読んでいたのもやめて、身体を横にして過ごしました。


そして迎えた37週0日。

なんとか緊急の事態も避けることができ、手術へのぞみました。


・・・無事に産まれました。

手術室に私が入ってから30分ほどでHaruは産まれ、元気な産声をあげていたそうです。
私はそれから2時間かかりました。

目が覚め、赤ちゃん元気に泣いていましたよと聞いてホッとして。

意識が朦朧とする中、赤ちゃんに会いたいというと
ストレッチャーで新生児室まで連れて行ってくれて赤ちゃんに
対面することができました。

そのときの気持ちは忘れることができません。
この子がお腹にいたんだ~。
小さい命が誕生したんだ・・・。




部屋に戻った私は自分の力でほとんど体を動かすことができない状態でした。
両手には点滴、輸血がされて、血圧計、酸素計。
尿の管、足には血栓を予防するためにエアーマッサージの機械をされて
酸素マスク・・・。

手術後は赤ちゃんが産まれた喜びと家族からの祝福で
テンションが上がっていましたが、みんなが帰ってからが・・・地獄・・・。

傷は痛いし、後陣痛は来るし、体が動かせないから腰が痛いし・・・
途中で痛み止めのせいか、息苦しくなって。
でも、この日の夜勤担当の看護師さん、とっても
優しい方で・・・。

手厚く看護してくださいました。


とてもきつい夜だったけど、看護師さんが初乳をHaruに飲ませてくれました。


切迫早産のため、妊娠中におっぱいマッサージができず
本当におっぱいが出るのかとても心配だったけれど・・・。

なんと・・・じんわり出てくれたのです。

はじめてのことだったので、Haruも上手に吸うことができず
少しの量だったので飲む、というより舐める、という感じでしたがとても感動でした。


次の日の夕方には身体につけられていたすべての管、機械など外されて
傷は痛くとも身体を動かすように言われました。

起き上がるたびに激痛・・・。
でも、Haruのため・・・頑張ることができました。



いろんなこと、あったけれど今ではそのこともいい思い出になりました。
Haruの顔を見るたびに感じるこの上ない幸せ。

もう、この幸せを感じられただけで。
本当に頑張ってよかった。

生きてるって素晴らしいことだなあ。
・・・当たり前のことだけど本当にそう思える。


妊娠して、入院して、出産まで。
たくさんたくさん、人生のお勉強をしました。

いろんな人に感謝。
本当にありがとうございました。


大事に大事に、ここに産まれてくれた新しい命を
育てていきたいと思っています。




                                    Nachako
by nachako | 2014-08-15 20:20 | 自分のこと